大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京家庭裁判所 昭和34年(家)13920号 審判

申立人 加藤弘(仮名)

右法定代理人親権者父 今尾学(仮名)

主文

申立人の氏「加藤」を父の氏「今尾」に変更することを許可する。

理由

一、申立人は父今尾学と母加藤君子との間に、昭和三十四年十一月出生した婚外子である。

申立人には、同父同母の姉民子(昭和三十三年一月生)があつて、申立人と共にいづれも父の親権に服し、父母と同居している。尤も申立人の父には本妻と、その間の嫡出子五人がある。申立人の父が妻子を棄てて、申立人の母と同棲することになつたので、現在では父とその本妻は、事実上離別状態にある。その間昭和三十年申立人の父より本妻を相手取り離婚調停の申立がなされたが、父に離婚権がないのと、本妻が離婚を承諾しないので、離婚は成立しなかつた。しかしその調停手続で父の方から別居中の妻子に対して生活費月々一万五千円宛を送金することに定めたものである。

一、申立人の同父同母の姉は昭和三十三年十二月家庭裁判所の許可を得て、戸籍上も父の氏を称し、父の戸籍に入籍した。

申立人自身も姉と共に父の膝下にて養育されているのであるから、通称のみでなく、戸籍上も父の氏を称するのが便宜であるとし、本件申立をしたものである。

一、ところが、本件の申立に対して申立人の父の本妻は、その結婚生活において、夫より、精神的にも経済的にも著しく苦しめられてきたばかりか、当人不知の間に、申立人の姉を入籍させている上に、更に今度申立人を入籍さそうとするような、夫の仕打には到底耐えられないから、本件申立には、極力反対するというのである。

一、それで本件申立について本妻の反対をどのように評価するかに若干問題がある。

一、それで先ず、氏を名と共に個人の呼称と理解するときには、氏変更により、他人に迷惑をかけ、その他個人の同一性の識別を誤らしめるなど、呼称秩序を紊すことのない以上は、第三者は、これが氏変更に異議をはさむ余地はない。従つてこの意味における氏変更許否の基準は、当人の氏変更の必要性と呼称秩序を紊すことの有無の比較考量の間に存在するので、民法七九一条の父母の氏への変更は、戸籍法一〇七条の改氏の場合と本質において、区別する理由はなく、ただ民法七九一条の場合は戸籍法一〇七条の場合とちがつて、改められる氏が父母の一方の氏に限定されているだけに、概して呼称秩序を紊すことは尠ないであろうから、許可基準が緩和せられるというだけである。従つてこの意味においては本妻の反対は、本件申立を拒否する理由とはならない。

一、次に氏を親子夫婦の氏ということ、即ち身分を表示する氏という観点から考えるに、法は夫婦同氏、養子は養親の氏を、嫡出子は父母の氏を、非嫡出子は、母の氏を称するものと定めているが、この氏如何は、原則として、親権、扶養、相続等権利関係に何んらの関係のないものであり(尤も恩給受給権等については、婚姻氏如何は権利関係に変動をきたすが、本件には関係はない)、従つて申立人が本妻と同一戸籍、同一氏を称することになつても、旧民法と異つて、嫡母庶子関係並にそれより派生する身分上の権利義務関係の生ずることのない現行法下においては、本妻の反対の故に申立人の本件申立を却下する理由はない。

一、更に戸籍に対する国民感情の点から考えてみよう。

戸籍に対する国民感情をどのように把握するかについては、所謂家がどのように理解されているかということと同様に、必ずしも一様でなく、従つて、又明確ではないが、尠くとも、夫婦、親子という自然生物的な集団が、同一戸籍に登載せられて、同一氏を称することになることは、別戸籍、別氏の場合より心理的にも一層強固な集団として考えられ、又法律上もそのことが公証せられるものと意識されると云えよう。従つて同一戸籍に入り、同一氏を称することは、外部に対しては、家族構成員即ち世帯員に加えるということの表示として考えられる。

又、他面家庭の構成員即ち世帯員の証明には、住民登録の外に、広く戸籍が使用せられ、従つて同一戸籍に在るという事実が、同一家族、同一世帯員であるということの公証に利用されている。因より同一戸籍は、即ち同一世帯であるということにならないが、現行戸籍法は夫婦とその間の未成熟子を同一戸籍に登載する制度建前をとつた関係上、多くの場合は、同一世帯と同一戸籍は一致することになろう。そのことからこの制度の無慈悲は婚外子の場合に問題をのこしたのである。

即ちこれを申立人のような非嫡出の子の側からみれば、親子三人が同一戸籍に登載されぬという、ひけ目を戸籍の記載上に感じるし、本妻側にとつては、非嫡出子の入籍は他の娘の縁談に支障をきたすとの感じをもつ。いずれ側にしても、現行家族単位の戸籍制度に再検討されなければならぬ点のあるところに、本件の問題がある。

勿論これらの戸籍に対する国民の法感情は決して合理的なものとは云えないが、しかしなお国民の脳裡にひそむ法感情を無視すべきでないとしてもそれは申立人の犠牲において解決すべきでなく、夫婦間の調整として別途に処理すべきである。従つて本件申立人が父の氏を称したいという希望はそれが相当である限り認められなければならない。すなわち、本件申立人が父の氏を称したいという希望はそれが相当である限り認められなければならない。すなわち、本件申立人は父の親権に服し、その保護下に在るのであるから、父と同氏を望むことは父子共に同一心理であろうし、勿論呼称秩序を紊すことはないから申立人の氏変更の申立は許容せられて然るべきである。

一、なお、申立人の父の本妻は、当裁判所より本件申立人の氏変更について意見を聴された際、始めて婚外子である申立人の姉が既に入籍していることを知つたとのことであるから、先に申立人の姉の入籍については、家庭裁判所においては専ら子の利益という点から本妻の意見を聴く迄もなく、当然のこととして許可されたものであろう。しかし他面、本妻の同意がない場合には、氏変更を拒否する裁判例もあるので本件について戸籍に化体する家観念の除去導啓蒙のため本妻の審問がなされたのであり、又国民に対する指導啓蒙も家庭裁判所の一つの在り方であろうから、これらの点からしても、本件申立はこれを否定する理由はない。

(家事審判官 村崎満)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例